「夢を叶える」
夢とは「届きそうで届かない目標」の一歩手前。
現実的に 努力すれば叶う目標。
光志がいなくなってから「夢」が大きく変わった気がします。
「もう一度、光志と暮らすことが出来る」
という夢。
もちろん、奥様はじめ子供たちと一緒に。
「それは この世では叶わない」
諦めるのは簡単ですが、「叶わない」とは思えないのです。
昨日
仏壇に向かい、手を合わせた時、光志の姿が見えた気がしました。
少し高い所に浮かんでこちらを見降ろしている姿。
何となく不満そうな顔。
何故そんな顔が見えたのかな と思っていた直後、買ってきたお菓子を食べようとしてた子供達。
「先に光志にあげろって」
そういう事 か って、笑いがこみ上げてきました。
魂 というものや、見えない世界 は間違いなく存在していて、縁ある者は 生死問わず、言葉とは異なる何らかの手段によって、心を通わせ合い 対話しているものだと思います。
見えた気がした光志の姿は、「金の手」と対話した感覚と同じものに感じました。
こちらの世界でも、「言葉とは異なる意思の伝達」が出来れば、見えないけど近くにいる光志との対話も出来る気がするのです。
抱きしめて、温もりを感じる事が出来なくても、魂が存在しているのであれば、対話さえ出来れば。
そう言えば 見えない者と対話する手段として「タロット」という業を得た事。
それもまた意味があり、必要だったから出会いがあり、得られたものである事は間違い無く。
光志と もう一歩進んだ対話が出来れば、この世界がまた少し違うものに感じられる気がします。
もちろん、良い方向に。
そうなる為には 何をすべきなのでしょうね。