敵は「国」にあらず

例えば、TPPの話。

経済的支配権を取り付けようとする悪役アメリカに、我が日本国のどじょうシュショーが云々

的な構図を想像してしまいますが、実際のとこ「悪役アメリカ」ではなく、「悪役コカ・コーラ」な訳です。

「アメリカの」企業にとって都合の良い搾取方法としてのTPPだISD条項だ ってのはちょっと違ってて、「コカ・コーラ社」にとって都合の良い世の中にするためのTPPです。

コカ・コーラだけではありませんが、要は多国籍企業 の事。
農薬のモンサントはじめ、インテルはいってる とか、Twitterの対応がクソだったHPとかその辺り。

要するに「コーラ 対 どじょう」という構図が正解です。

世界は「法と秩序を取り仕切る国家によって成り立っている」 なんて大間違いで、「金のある方が政治家やメディアや専門家を扱って、彼らにとって都合の良いように動いているだけ」です。

そんな現実から大衆の目を逸らす為の娯楽、芸能の数々。

「そんな訳ないだろう」

と思うのは自由ですが、それって つまり 震災後の政府および実際の利権者(東電・経団連など)の言動を「正しいもの」として受け入れる って事。

彼らの事、信用されていらっしゃいますか?
彼らとお会いして、お話された事、ありますか?
どういう方なのか本当にご存知ですか?

私は、全く信用しておりません。

そもそも、「ネット上だけの人付き合い」と同じで、会った事すらない人を信用するのはおかしいだろ って話です。

ちょっと逸れましたが、「敵」がいるとしたら、それは「国」では無いので、国同士の争いとか戦争とかやめましょうよ と。

武器や爆弾などを製造・販売される「企業」の方々が儲けるだけですから。

そもそも、情報 と 経済 による、新たな形の戦争の真っ只中にいる訳ですし ね。

専門家

原発事故が起こった時、

「専門家の判断を仰ぎ、専門家が指揮に加わらなければならない」

と思いました。

が、名のある専門家や、どこそこ大学の教授とやら、テレビに出ては「とめるひやすとじこめる」程度の事を言うだけの役立たずばかり。

最近では経済の専門家とやらが、「バスにのりおくれるな」などと、何のバスかも理解せずにティーピー宣う始末。

名のある専門家という人も、金をもらって飯を食っている訳です。

彼らに金を払っているのは誰か、彼らの飯のタネは誰か。

少なくとも我々一般庶民でない事は確実。

散々言われてきた事ですが、彼ら専門家は金や権力の飼い犬でしかありません。

少なくともテレビで声を大にして宣う専門家はそうやって飯を食べている訳なので、ちょっと考えれば当然の事。

原発の事、経済の事、政治の事 それぞれ簡単な話ではないので、つい「専門家」に頼りたくなりますが、テレビの向こう側にいる、会ったことも話したことも無い人に頼るのは間違いというもの。

「名のある専門家」という「ビジネス」が崩壊しつつある「今」は、決して人に頼らず、自ら勉強して、自ら調べ、自ら分別し、選択し、自ら行動する という原点に立ち返るのが一番 です。

何年かぶりに水泳の事書いてみる

水泳、なかなか頭を使います。

水中姿勢をはじめ、足の動作でも引く事と蹴る事は別、手の動作は水を掴む事や押す事・流す事など様々。

頭の向き、手の入水位置、呼吸タイミング、スタート・ターンなど、たかが「泳ぐ」ために、考えるべき・気をつけるべき・練習すべき項目が極めて多いです。

泳法も最低4種類ある訳なので、それら「パラメータ」はそれぞれの泳法ごとに更に細分化されていき、今現在の筋力・柔軟性・持久力によって最適な泳ぎ方も変わってきます。

筋力が高くないと、ダッシュがつらくなり、ゆっくりとしか泳げ無くなります。
ゆっくりと泳いでも筋力は高くなりません。悪循環に陥ります。

持久力が無いと、泳ぐことが辛くて嫌になっていきます。
結果、プールから足が遠のきます。

柔軟性が低いと、ちょくちょく身体を痛めます。
痛めて休んでしまうと、体力・泳力・モチベーションの全てが衰えていきます。

よって、「体力を維持」するだけであっても、筋力・持久力などの「向上」を目指さなければ、続ける事すら困難になる、と。

何でもそうですが、「心技体」はお互い影響し合うもの。

細く 長く 楽しみながら も良い事ですが、そうするためには、時として自らを追い込んで痛めつけて鍛え直す必要もある と、そういうこと。

ちなみに、長い間、クロールの調子がずっと悪かった原因は あごの引き具合。
混雑したプールでは周りを確認するために、ゆったりきっちり泳ぐフォームでも顔を前に出してあごが上がった状態になりがちで、それがクセになってたね とメモ。

あご引いて重心が前に移動するようなフォームで大きく泳いで下さい 自分。

着々減量中

76kgと、あり得ない体重になってしまったので、着々減量中です。

近所のフィットネスで筋力トレーニング・有酸素運動の後、プール。

酒も「ビールは350ml1缶まで」を復活させました。

ビールだけでは太らない という話もありますが、嘘です。太ります。太りました。

体重・体脂肪の増加につられたのか、血圧まで上昇。

ただでさえ高脂血症なので、重なるとかなりヤバいです。

できる限り細かく体重を測り、摂取カロリーと消費カロリーを逐一記録。

ちなみに、レコーディングダイエット って要するに「帳簿」みたいなもんです。

帳簿付けてれば、どこに無駄があるのか、どこに金回りの滞りがあるのかがわかるように、体重と食べた物と運動量を記録していけば、どこを我慢してどこで気を抜くかがわかるというもの。

飲み会が一度あったものの、1週間でピークの76kgから2.5kgほど減らして73.5kgほどに。

体重が増え、筋力が衰えると、一気に身体が重くなりますが、現在逆転中。

体重が減り、筋力が増してきたので、加速度的に身体が軽くなって参りました。

この調子で70kg切るところまで行ったら、シャンパンで乾杯!の予定ですが、乾杯の翌朝は70kgオーバー請け合いでしょうね。

ま それも良しとしてがんばります。

着々増量中

年末年始、忘年会・新年会とよく飲みよく食べました。

体重が増えてしまったのですが、通っていたプールが9月までは休み。

仕方が無いので近くのフィットネスへ通い始めたのが1週間前。

先週の体重、74.5Kgとかなりのもの(ベストは69Kg、いくら増えても73Kgだったのに・・・)だったのですが、今朝測ったら何と「76Kg」と記録更新!

レコーディングダイエットを再開しよう、とアプリを入れた天気の良い朝 でした。

終末論ですか

原発事故や地震などの情報を調べていると、よく「終末論」的なものが見つかったりします。

なんとかの前兆だとか なんとかが終わるのだ とか。

何かが終わって、何かが始まる ってのはつまり「変化する」という事。

昨日と今日は異なり、さっきと今も異なるもの。

即ち「変化」は絶え間なく起こっていますので、「何かが終わって何かが始まる」事を悲観的に捉えると「終末論」になるのかもね と思いました。

そうやって「変化し続ける」事を「終末論」として捉えた場合でも、「今できる事をし、幸福である方がお得」である事は変わりません。

生を受け、いま生きていることを悲しむか、喜ぶか で、「世界とは何か 良いものか悪いものか」が決まるのです。

こころがまえ ひとつで世界の全てが決まる、と。

そういうこと

理論の到達点

ものごと、理論通りにいく事などまずあり得ない。

また、正しい理屈や筋道を通したからうまくいくものばかりではない。

理論・理屈の到達点とは、「宇宙の果てがありそうだけど無いっぽい」事と同じようなものであろう。

到達点にすら「矛盾」が存在し、到達しそうで到達しない。

「人間関係」に良く当てはまる。

深く考え抜いても解決を見ないまま深みにはまる。

頭で考えた程度で悟りなどひらけない。

考えるより、その時々の自分の感性を信じて行動した方が結果がよい

というのが自分の経験則。

それを地で行くような生き方をされる人も身近にいる。

すごいなー って素直に尊敬できる。

損得を求める事なく、理想を貫く生き様。

彼らこそ、社会の宝。

いいなー って思った人のいいところは真似するのが一番 です。

忘れてた

今年の抱負 みたいな事。

「素直」

いや「今年」という単位自体がどうかな って思うのですが。

昨年、具体的な目標立てました。3つほど。

そして、3月。震災。

地震に見舞われ、原発事故が起きた時、「今年の目標などどうでもいい」と思ったのです。

フォトマスター検定・青森市イベントのデータベース化・新たなHPの運営体制など、災害や放射能から家族を守る事に比べたら本当にどうでもいい と。

目標を立てることは大切な事ですが、仕事や技術的な事などは今の自分にとって優先度の高いものではありません。

今すべき事をコツコツこなすだけ

という、本来の自分らしいニュートラルな状態でいよう と。

加えて、いつ何が起こってもいいように、家族や友達をより大切にしよう と。
あくまでも素直に自然に。

今まで目標としてきたものはリセット。

まっさらな状態でまたゆっくり素早く始めようかな って思った2012・1 でした。