得た先にあるもの

とんでも無くお金を得た人、得ている人、なんちゃら財閥とかの類。

それ以上お金を得てどーすんの 何を満たしたいのさ って思ったりした訳ですが、実際はお金を得たいのではなく、多くの人・国が「お金が無いから困る・お金が払えないから持ち物で賠償する」という状態を作りたいのかもな と思いまして。

そうすれば、より多くの財産や権利、人が集まって、それらを使い放題に出来る 即ち、世界を支配する事ができる訳です。

んでも、その先がわかりません。

世界を支配しました

世界政府を作りました

で、何をしたいの? と。

まさか

うまいもの食べたい とか いいもの欲しい とか

やっぱりそこ?

可愛いジャン

自分は、家族とか周りの人とそこそこ平穏に楽しんで過ごせてればそれで満足なので、金融だとか経済だとか、どうか勝手にやっててくれますように と願うばかりです。

ん

まさか

世界を支配して、家族や周りの人とそこそこ平穏に暮らす事を夢見ている

とか。

尚更可愛いジャン

ブレないKY

「人の顔色ばかり気にする」人は「空気を読める」

「ブレない」人は「KY」

「空気を読める」人は「人の顔色ばかり気にする」

「KY」な人は「ブレない」

ものは言いよう考えよう。

良い悪いなんて無い。各々が違うだけ。

同じ人間はいない。ひとりひとりがオリジナル。

でも 同じ様な人は集まるもの。

もし 素敵だな って思う人が側にいたら、貴方も素敵だ って事。

きっと みんなそう思ってる。

みんなそう思わなくても 自分でそうなんだ って信じてたほうが得 だよん。

深く共感

http://www.fuji-torii.com/baishiken/diary.cgi?no=78

書いてること、ものすごく共感しました。

実際ある話。関わる相手によっては、私もいわば「電気屋のオヤジ」です。

量販店でも通販でも何でもいいのですが、パソコン等の機械を勝手に買う、と。

壊れた時、調子が悪い時だけ連絡がくる、と。

「修理代くらいは払ってやってもいい」

という態度で接される と。

そういう相手とは距離を置くようにしています。

逆に、ちょっとした事 例えば困った時に電話で何か答えてくれた とか

そんな事も憶えていてくれて、突然「これ食べて」とか「これ使って」とか、ご飯を奢ってくれたり と、そういう人もいます。些細な事でもお金を払おうとしてくれる人も。

そういう人は、こちらが何かした時点で気持ちが伝わります。ああ ありがとう って思ってくれてるんだな って。

んで、そういう人の「真似」をする人もいます。

「ありがとう と言えばいい」「ありがとう と思えばいい」「何かあげればいい」

と。

接され方が、愛情に基づくものなのか、打算によるものかは、本人は隠しているつもりでも明確に伝わるもの。

厚顔無恥な人間でも首相が務まる現代日本。

恥をかく事など何でもない それが恥かどうかすらわからない

そういう大人が溢れている という現実。

そういう人と距離を置く事で、いわゆる「類友」状態が作られ、やれ格差社会だ貧富の差だ ってなる訳ですね。

体に良い悪い

体に良いと言われるものでも、摂り過ぎるとよろしくない。

例えば塩。

汗をかいたとき、水を摂るだけではなく、塩も一緒に摂ると良いとされている。

けど、塩を摂り過ぎると血管が硬くなるとか脳卒中になるとか悪影響もある。

体に良いとされる大豆ですら、一部では健康を害する食品である事を指摘されている。

カフェイン アルコールの類もそう。

逆に

害悪とされている「放射線」は治療に使われたり、ラドン温泉は身体にいいと言われていたり。

たぶん 全てのものには良い面と悪い面があり、適量だったら良くてそれより多かったり少なかったりすると悪くて、同じものを摂り続けるとそういう「機能」が顕著に現れてくる って事かな と。

「この世の中には、良いものも悪いものもない」

まさしく。

やる時はやる、食べる時は食べる、でも偏り過ぎない。「分別」する。

肉を食べたら野菜を食べる。うんと食べたらお腹を休ませる。

たくさん働いてたくさん遊ぶ。動いて疲れたらしっかり休む。

やり過ぎるから、摂り過ぎるから毒になる。

食べ物に限らず、あらゆる事はそうなのかもね。

怒り

自分の娘をシンガポールに逃がしたという「デマを流した人間を刑事告訴」だと?

どうでもよくね?

そのデマとやらのせいで大勢の人間が死んだり病気になったりするか?

そのデマとやらで困る国民どれだけいるんだ?

オメーの家族だけの話だけでねぇ?

テメェの流したデマはどうなんだ?

デマを流した人間を刑事告訴出来るんだったら、テメェはどうなんだ って。

安全です?

ただちに健康に害を及ばさない?

1ヶ月経ってからメルトダウンしてましたぁ?

汚染食品が流通しちゃいました?

汚染牛乳混ぜてました?

何が安全だと?

死んで詫びろ

気掛かりと祈り

2年くらい付き合ったけど東京へ行く事になった方。

遠くへ行ってしまっても、付き合いが終わる訳では無く、むしろいつかまた会える日が楽しみだな って思いたいのですが

東京の街って、どのくらい被曝するんだろう と。

もはやテレビで原発の事や放射能の事、ほとんど情報が出ません。出しません。

この国は、それら「これからの日本民族」の存続が左右されるほど極めて重要な事を、「風評」という言葉で一蹴し、国民を被爆させてでも「カネ」とやら呼ばれる紙切れを拝み、流通させる事で自らと「ご主人様」の腹を膨らます施策を執っています。

だから、もはや祈るしか無い です。
線量の高い地域に行き、被曝したとしても、病気やガンを発症する事なく元気で生きる事ができますように と。御加護が在りますように。

テレビと嘘

「政府は嘘をついている」

「テレビも嘘をついている」

っていう風に見えます。感じます。

でも、それって今に始まった事ではないよな と。

昔から今までずーっとそうだったけど、今までは嘘がバレなかっただけ。

そもそも 政府もテレビもそういうものです と。

「彼ら」が演じたい「世の中」ってそういうものである って事。

演技が下手すぎたのか、はたまた下手を演じているのかはわからないけど、「あれ 何だか ダマされてる?」って風に感じた人が過去より多かった ってだけ。

「世の中ってそんなもんか・・・」 なんて悲観せず。

「本当の世の中」とは、「テレビやメディアやネットの向こう側の世界」ではなく、「自らの身の回りの世界」の事。

家族・友達・仲間と触れ合える、身の回りの世界こそが「本当の世の中」であり「現実世界」であるという事。

つまり 「世の中ってそんなもんか・・・」の「世の中」の実体こそが騙し。

TVショーに騙されても、そこだけは騙されちゃイケナイ と思います。

隕石と核爆弾

地球に隕石が衝突して人類が死滅するのを防ぐ、映画アルマゲドンの様な話。

「ああいうケースを避けるために核兵器は必要ではないか、むしろ核兵器が無ければ、そういうケースから人類が身を守る術は無いのではないか」

といったtweetがありました。

地球は宇宙空間の中に浮かんでいる天体で、地球も含め惑星と呼ばれる星々は、隕石や岩石が衝突して出来てきた と言われており、自分ら人間はそういった自然の摂理・宇宙の摂理の中で生かされているだけです。

隕石が衝突して人類が滅んだとしても、それもまた宇宙の摂理。神の御業そのもの。
そういう時はいつかやって来るでしょうし、来るからダメだ ってのは違うと思います。

土から出たのだから土へ還ればいい。
今、生かされている事の意味を考え、一日一日を大切に生きた方が、生きることに執着するよりもずっと幸せだと私は思います。

「核兵器が必要」だなんて考えは正気の沙汰ではありません。

テレビや各種メディア、現世における莫大な利権を得た「プロパガンダマシン」は、「原子力エネルギー」の蓑に隠れて核兵器保有の正当性を訴え続ける事でしょう。

彼らは「世界を支配している」と思っていて、悲観的な人間は「支配されている」と思っているのでしょうが、自らを支配出来るのは自分自身だけです。

「もっともらしい世論」に従うか、「自分の考え・思い」に従うか。

まあ もっともらしい世論に従う ってのも、要するに「本来価値の無い見栄や欲に依存する」って事で、大きい小さいはあってもほとんどの人がそうだから、今の世の中がこうなのだ って事なのでしょう。

ちょっとイイもの食べたい とか ちょっとイイもの欲しい とか、そこが「目的」になる って事。

政府や利権者に「変われ」と言う前に、自分が変わらなきゃダメじゃん

隕石の話どこいった

朝の世界

 

朝の世界、ほんと「イイ」。

全てがこれから始まるような、澄んだ空気に満ちた世界。

昼間だと見慣れた景色、やり過ごす対象さえ、キラキラと眩しい表情を見せてくれたりもする。

夜明け直後辺りだと、出会う人も爽やかだ。

「おはようございます」

って声を掛け合ったりもする。

既得権益に群がる人間によって壊されかけた「311以後」という今日この頃の世界。

どうにもならない事や失望に塗れ、世の中に絶望し、この世はこんなものか なんて思いで接していた「世界」は、全てではなくほんの一部でしかないんだよ って、朝の世界からの声に諭される。

明けない夜は無く、夜が明けた瞬間の世界は本当に素晴らしい。

朝の世界に身を置くと、心身ともに清く洗われるようだ。

明日も早く起きれればイイな と、仕事はそこそこに少し早く寝る。

気をつけるべき事

先日のweb東奥の記事

http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2011/20110410092228.asp

http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2011/20110421160509.asp

に見られるように、青森県の行政・商工会(記事中は下北方面の ですが)とも原発を推進する側にいます。

原発推進派は、経済的な事を第一に考え、放射能の危険性は二の次どころか何も考えません。

記事を見ると解るとおり、「経済」に対する意識ばかりで、その経済を回すためのリスクや現状起きている事が一切見えていません。見ていません。

行政サイドがそうであれば、他県から入ってくる食べ物についても同様の判断が下されるでしょう。
要は、「食の流通」は考えてくれるでしょうが、「食の安全」は一切考えてくれません。

アブないものでも「基準値以下だから大丈夫」と言い、とにかくモノを買わせ、消費活動を最優先に推進する事、間違い無しです。

お金を回すことが第一。経済が第一。「原発推進」とはそういう事。

野菜・魚など 食べ物の産地にはホント気をつけましょう。